2009年01月19日
第15話「我々家族の愛」
2004.11.30
「我々家族の愛」
私の病気が発覚してから約40日が過ぎようとしている。
そして第一線から退いて、治療に専念させてもらっている。
この日々を通して、今実感していることがある。
それは我々家族の愛だ。
血の繋がった家族以上の愛を感じる。(姉もよくサポートしてくれていると思っているが。)
毎日のように「具合はどう?」と気をかけてもらい「食事は?」と気遣ってもらい
子供が親に面倒を見てもらっているようなものだ。
以前の自分であれば、仲間として仕事をしていて 全く仕事が出来なければ、
どこか仲間でなくなるといった差別に生きていたのかもしれない。
逆に、これまで生きてきた自分は《自分が》に命がけだったのかもしれない。
《自分が》という傲慢に生きてきたように思う。
自分が立場をとるというのは、本物の我々になるということなのだとしみじみ思う。
この我々のエネルギーを実感しているのだ。
最近本社でのミーティングが連日行われ、そこに一緒にいさせもらい、どの立場にいようと
私達がどこに向かい、何を意図しているのか、それは変わらないのだと、
私達の仕事は何かの原点に立ち戻らせてくれる。
生きていく為のお金をかせぐ為の仕事ではない。
本物の我々家族を創りだすことが、私達の仕事なのだと!!
社長や専務に頭が下がる思いで、感謝しています。
仲間の皆の愛に支えられていることに感謝しています。
そして、今、この病気になったことに感謝している。
自分の見えなかったことに目を向けられていることに。
「我々家族の愛」
私の病気が発覚してから約40日が過ぎようとしている。
そして第一線から退いて、治療に専念させてもらっている。
この日々を通して、今実感していることがある。
それは我々家族の愛だ。
血の繋がった家族以上の愛を感じる。(姉もよくサポートしてくれていると思っているが。)
毎日のように「具合はどう?」と気をかけてもらい「食事は?」と気遣ってもらい
子供が親に面倒を見てもらっているようなものだ。
以前の自分であれば、仲間として仕事をしていて 全く仕事が出来なければ、
どこか仲間でなくなるといった差別に生きていたのかもしれない。
逆に、これまで生きてきた自分は《自分が》に命がけだったのかもしれない。
《自分が》という傲慢に生きてきたように思う。
自分が立場をとるというのは、本物の我々になるということなのだとしみじみ思う。
この我々のエネルギーを実感しているのだ。
最近本社でのミーティングが連日行われ、そこに一緒にいさせもらい、どの立場にいようと
私達がどこに向かい、何を意図しているのか、それは変わらないのだと、
私達の仕事は何かの原点に立ち戻らせてくれる。
生きていく為のお金をかせぐ為の仕事ではない。
本物の我々家族を創りだすことが、私達の仕事なのだと!!
社長や専務に頭が下がる思いで、感謝しています。
仲間の皆の愛に支えられていることに感謝しています。
そして、今、この病気になったことに感謝している。
自分の見えなかったことに目を向けられていることに。
Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00│Comments(0)
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