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2008年11月24日

第7話「入院体験記 初の抗ガン剤治療」

2004年11月12日

「入院体験記 初の抗ガン剤治療」

いよいよ、初の抗ガン剤治療が始まった。(11月2日)

朝9時からは薬の入っていない点滴が打たれ始める。

これは腎臓がうまく機能するかの為の点滴のようで、この間は座っていても、
動いていても大丈夫という事。

それから昼食を食べ、投薬の最中は眠らせる為に、安定剤を2錠。
これは1時と3時に分けて飲む事になっている。

だが、看護婦のミスで最初に2錠飲んでしまった。

そのせいかコロリと寝てしまって目覚めた時は投薬が終わって夕方6時の夕食で目が覚めた。

とてもおなかがすいていたので夕食をペロリと平らげてしまったが、ここからが副作用との戦い(?)が始まった。

それは吐き気だ。icon196

夕食はすぐに全部戻してしまった。

投薬の後は、薬をうまく巡回させる為の点滴が翌日の夕方6時頃まで続く。

この間ベットから一歩も動けず、おしっこもクダでとる始末だ。

初日の夕方6時頃までは元気よく調子もよかったが、それからが拷問だったなとつくづく思う。

食べるものは食べれず、吐き気には襲われる。

何が一番苦痛かと聞かれると、食べられないことだ。
食欲がわかないことが一番だ。

その他の点滴や薬は何ともないが、人が生きていく上で、本当に食べるということが、
どれだけ人の生き方に影響していることか
とつくづく思ってしまう。

今回の入院生活での私の闘いとあえていうなら、この食べる事への闘いの様に思う。

本社801号室の食事。

皆で会話しながら食べていた食事。

ここまで 会話の環境が、食することが重大だとは。。。

それを痛感した初の抗ガン剤治療だった。  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 08:00Comments(0)癌ダンス日記

2008年11月17日

第6話「入院体験記 精密検査終了」

2004年11月1日

「入院体験記 精密検査終了」

いよいよ、検査も大詰めに入り、今日は薬の影響も考えられる、腎尿管造影
(腎臓から順調に尿がうまく流れているかの検査)と、M.R.I。

翌日にCTの検査だった。

よくいう、レントゲン写真の精密版だ。1枚の中に20cut分の影像が写っている。

いずれも初体験で興味津々に望んだが、その時その時必ず言われるのが、

「気分は悪くないですか?」

「不安はないですか?」

「気分が悪くなったらすぐに言って下さいね」

「一人で帰ってこれますか?」

この言葉で気分が悪くなくても、悪くなりそうだった。

そんな中私は、不覚にもM.R.Iの最中に、あの磁波が心地よく、眠ってしまった。

先生に起こされて終わったことを知る位だった。

まぁのんきなことだと自分でも思いつつ、結果が出た。

正式病名は子宮頚癌というものである。
普通子宮は卵位の大きさなのに、それに約6cmの癌細胞がくっついている状態だった。

段階を言うと、Ⅰ期にあたって、現在では転移は見られないとの事。

だけどあまりにも癌細胞が大きすぎるので、化学療法(抗ガン剤)で小さくしてから手術
をするという状態だ。

いよいよ始まる。西洋医学での精密さから、現在の事実が明らかになった。
そしてこの現象を治していくのは

会話が全てである。

会話が存在するからこそ、薬も生きて来る。

会話が無く、薬だけでは全く結果が違う。
これを今証明する使命が今自分にあると自覚している。

腫瘍サイズがここまで大きくなっていて、体の痛みや自覚症状がないことも
奇跡としかいいようがない。

ここまでことばで生まれる体験中だが、それをもっと深く肉体をも生まれ変わらせる
ことへの挑戦です。

  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 09:00Comments(0)癌ダンス日記

2008年11月10日

第5話 「入院第二日目」

2004年10月29日

「入院第二日目日記」

私はこの入院を何だか楽しんでいる様に思う。

それは、この入院生活を真実の目から見ると、どんな洞察が出来るか。
それが楽しみでしょうがない。

いよいよ2日目に入って、本格的な検査が始まった。

1つは腸内視鏡。

これは癌細胞が、直腸まで転移していないかの検査で、これは問題なし。

もう1つは膀胱鏡。

これは膀胱へ転移していないかの検査だ。

それは少々痛みもあって小さい針のような内視鏡を膀胱の中に入れて、検査するのだ。
転移はなかったが、 「ひとつ新しいものが発見されました。」と嬉しそうに医者が言う。

それはおへそから膀胱につながっていて、小さなコブみたいなものがある。これは人間は誰にでも
あるものだが、普通成長するにつれてなくなっていくらしい。それがハッキリと残ったままというのだ。
「精密に見ると、いろんなものがあるものだ。」と思いつつ、1日目の検査は終了。

この間に尿検査と言って、まる2日間検査用にとっておいたり、朝一番の尿を菌が入らない様に
とっておいたりと、少々めんどうな事をしっかりとやらないといけない。

体的には、癌とわかる前とわかった後も何も変わらないので、この入院生活が退屈で
たまらないと思えてしまい、少々この生活に慣れるのに時間がかかりそうだ。

自分の体と精密に向きあう。

これは私の人生では初めての事だ。熱を下げる為に病院に行ったりした事はあった。

以前社長が年に1回、目、体、歯と精密に検査していることをおっしゃっていたが、その重要性を
今、ひしひしと感じる。

体という現象にも、精密に向き合うことを、今決心させられている。  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 07:00Comments(0)癌ダンス日記

2008年11月03日

第4話「病院って何をするところ?」

2004年10月28日

「病院って何をするところ?」


病院って何をするところだろうと、改めて考えさせられた。

それは食事のことからだ。病院の食事はおいしくないと思っていたが、ここまで
悪いとは、想像以上だった。


入院して1日目は、翌日の為の検査食だから、しょうがないとしても、その検査が
終わってから普通の食事にもどったが、まずくて食べられたものじゃない

2、3口食べてから食欲がわかなくなって来る位だった。


本来、病気を治すには、食べるものが基本になることは当たり前のことだ。
食べない限り体力も、気力もつかないが、現在の病院ではこれが現状だ。

食べるということより、やり方、方法で西洋医学の切ったり、薬を与えることにしか
目がいっていない。
本末転倒もはなはだしいと思ってしまう。


私達 田ぐり庵が食の革命といって、やってきた事がやっぱりものすごい使命が

あることだった。お弁当をやり始めた時も、薬づけの何日経っても腐らない食材にあぜんとした

事があったが、本当に人を健康にする、元気にする、生き生きとさせる、この

本来の人を生かす原点が食にある

本当に食べたいと思わせる食があってこそ医療が始まると、実感した。

全ての原点は食にありき


今、岩田屋のトディズレシピという仕事で情報提案として食に関わっていること、
田ぐり庵のリヴロンカレーで人間の健康革命をおこすと、立ち上がっている今、

この全ての必然に、大きくうなずいてしまう。


何も病院という特別な所でなく、本当に、人を元気にし、病すらも治す
可能は、全てが我々になれた所から始まる。  


Posted by NAGAIトークスタジオ at 07:00Comments(0)癌ダンス日記